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にし茶屋街は、ひがし茶屋街・主計町(かずえまち)と並ぶ金沢三茶屋街のひとつ。出格子(でこうし)の美しい茶屋建築が軒を連ね、加賀の城下に花開いた茶屋文化の風情を今に伝えるエリアです。
その通りの一角に、茶屋建築の外観を再現した小さな資料館があります。西茶屋資料館です。
館内に入ると、2階と1階でまるで違う二つの世界が広がります。ひとつは、芸妓が芸を披露した華やかな茶屋の座敷。もうひとつは、この地から世に出た、ある作家の生涯です。
この記事では、西茶屋資料館の見どころを紹介します。

西茶屋資料館は、石川県金沢市のにし茶屋街にある無料の資料館です。作家・島田清次郎が青年期を過ごした茶屋「吉米楼」の跡地に建ち、2階で茶屋の座敷を再現し、1階で島田清次郎ゆかりの資料を公開しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 西茶屋資料館(にしちゃやしりょうかん) |
| 開館時間 | 9:30 〜 17:00 |
| 休館日 | 年中無休 |
| 入館料 | 無料 |
| 所要時間 | 10 〜 15分 |
| 電話番号 | 076-247-8110 |
| アクセス | 城下まち金沢周遊バス「広小路」より徒歩約3分 / 金沢ふらっとバス長町ルート「にし茶屋街」より徒歩約2分 |
| 所在地 | 〒921-8031 石川県金沢市野町2-25-18 |
| 公式サイト | https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/kohokochoka/gyomuannai/6/2/6335.html |
西茶屋資料館では、階段を上がった2階から見学します。
2階で目を引くのが、壁を真っ赤に塗った座敷です。茶屋の客間を再現した部屋で、隣には小さな控えの間が設けられています。

壁の赤は、ベンガラ(紅殻)と呼ばれる赤い顔料によるものです。柱や天井は漆で塗られています。ろうそくの灯りをやわらかく反射するこの色づかいが、座敷に上がる芸妓の装いを引き立てる工夫でした。

部屋の正面には床の間があります。掛け軸を飾るための、作り付けの空間です。最も大切な客は、この床の間の前にあたる上座(かみざ)に座りました。床の間の横の脇床(わきどこ)には、人形などの飾り物が置かれます。

座敷の中央に据えられているのは、漆絵をほどこした漆塗りのテーブルです。まわりには、螺鈿(らでん)で飾った茶棚や、桐の幹をくりぬいて作る火鉢など、茶屋ならではの調度品が配されています。
床の間の脇に置かれた三味線や太鼓は、芸妓が座敷で奏でた楽器です。赤い座敷に、これらの品々が華やぎを添えています。

踊りに三味線、太鼓、笛。こうしたお座敷芸は、にし茶屋街の芸妓たちによって長く受け継がれてきました。華やかな座敷の風情は、彼女たちが支えてきたものです。
かつての芸妓は、まだ10歳ほどの年から芸の世界に身を置きました。一人前になるまでの少女たちは「たあぼ」と呼ばれ、置屋(おきや、芸妓が所属する家)で使い走りなどをこなしながら、踊りや行儀作法を仕込まれていったといいます。大正から戦前にかけては、稽古場の一室に仮の教室が設けられ、近くの小学校の先生がやってきて、義務教育の授業も受けたそうです。
西茶屋資料館の隣に建つ旧検番(けんばん、現在の西料亭事務所)は、その時代からの稽古場です。今でも、芸妓たちの稽古の音が表の通りに響くことがあります。
金沢弁のやさしい響きを受け継ぐ、語り部でもあった芸妓たち。再現された無人の座敷も、その姿を思い描くと、茶屋の華やぎがいっそう身近に感じられます。
1階に下りると、館内の雰囲気は一変します。ここは、この地ゆかりの作家・島田清次郎(しまだ せいじろう)の資料館です。

壁一面には、島田清次郎の生涯をたどる年表パネル。その傍らのケースには、代表作『地上』をはじめとする著書が公開されています。31年という短い生涯を、ここで知ることができます。

島田清次郎は、1899年(明治32年)、現在の白山市にあたる美川町に生まれました。幼くして父を亡くし、祖父が金沢の西廓(にしのくるわ)で営んでいた貸座敷「吉米楼」に身を寄せます。この吉米楼こそ、西茶屋資料館の前身にあたる建物です。
青年期の島田清次郎は文学を志し、1919年(大正8年)、20歳のときに長編小説『地上』を発表します。評論家・生田長江(いくた ちょうこう)の推薦で世に出た第一部は、たちまち大正期を代表するベストセラーとなりました。総売上は30万部を超え、その評判は朝鮮や中国にまで広がったといいます。
弱冠20歳にして文壇の寵児(ちょうじ)となった島田清次郎は、「天才」ともてはやされました。文豪・芥川龍之介も、その筆力を認めたほどです。
しかし、栄光は長く続きませんでした。1923年(大正12年)、女性をめぐるスキャンダルで世間の批判を浴び、人気は急速に失われます。やがて心を病んだ彼は、長い闘病生活の末、1930年(昭和5年)、31歳の若さでこの世を去りました。
その劇的な生涯は、後世の作家を惹きつけました。杉森久英(すぎもり ひさひで)の評伝小説『天才と狂人の間』は1962年に直木賞を受賞し、忘れられかけていた島田清次郎の名を、再び世に知らしめました。



西茶屋資料館では、性格の異なる二つの見どころを、一度の見学で楽しめます。

2階に再現された華やかな茶屋の座敷と、1階に刻まれた一人の作家の生涯。茶屋として人々を楽しませた建物が、そこで育った作家の物語をあわせて伝えています。華やぎと栄光、そして挫折。色合いの異なる記憶が同じ屋根の下に重なっているのが、この資料館ならではの見どころです。

入館は無料で、年中無休。所要時間は10〜15分ほどです。観光ボランティアガイドが常駐しているので、周辺の見どころをたずねることもできます。
華やかな座敷と、ひとりの作家の人生を一度にたどれる場所。にし茶屋街を歩くなら、西茶屋資料館へぜひ足を運んでみてください。
