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前田土佐守家は、加賀藩を開いた前田利家の二男・前田利政から始まる家系。藩主家の分家にあたり、代々藩政の重臣を務め加賀百万石を支えた、前田家一門の超名門です。
その家の歩みを今に伝えるのが、長町武家屋敷の一角にあるこの資料館。江戸時代を通して積み重ねられた250年の営みが、家伝の品々となって展示されています。
この記事では、前田土佐守家資料館の見どころを紹介します。

前田土佐守家資料館は、石川県金沢市・長町武家屋敷跡にある金沢市立の博物館です。加賀藩を支えた家臣団の中でも筆頭格に数えられた前田土佐守家の家伝資料、約9,000点(石川県指定文化財)を所蔵し、その一部を常設展示・企画展示で公開しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 前田土佐守家資料館(まえだとさのかみけしりょうかん) |
| 開館時間 | 9:30 〜 17:00(入館は16:30まで) |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合は翌平日)/ 展示替期間 / 年末年始(12/29 〜 1/3) |
| 入館料 | 一般 ¥310 / 65歳以上・障がい者手帳保持者 ¥210 / 高校生以下 無料 ※金沢市老舗記念館とのセット券(¥360)がお得 |
| 電話番号 | 076-233-1561 |
| アクセス | バス停「香林坊」より徒歩約5分 / 金沢ふらっとバス「老舗記念館」下車すぐ |
| 所在地 | 〒920-0981 石川県金沢市片町2-10-17 |
| 駐車場 | なし(大型バス駐車不可) |
| 公式サイト | https://www.kanazawa-museum.jp/maedatosa/ |
入館口の正面に広がるのは、大型のグラフィックパネルです。ここでは前田土佐守家の成り立ちを、家系図と解説、映像で知ることができます。

加賀藩を開いた前田利家と、その妻まつ。二人の二男にあたるのが、前田土佐守家の家祖・前田利政です。
利政は能登国22万石の領主でしたが、関ヶ原の戦い(1600年)で徳川家康の出陣要請に応じず、戦後に領地を失います。
その子・直之は祖母のまつに養育され、1615年(元和元年)、3代加賀藩主・前田利常に召し抱えられました。
以後、前田土佐守家は代を重ね、明治維新まで250年にわたって続きます。
1階の第一展示室は、前田土佐守家250年の歩みを家伝の品々で物語る、常設展示です。掛け軸、絵画、古文書、歴代当主の肖像といった史料が多く展示されています。



文化財展示の他にもおすすめポイントがあります。それが加賀藩の基本を学べる解説パネル。江戸時代の大名制度と加賀藩のスケールが丁寧に解説されています。

加賀藩の領地は、加賀・能登・越中の3ヵ国にまたがる102万2,760石。富山藩10万石、大聖寺藩10万石、白山麓天領18ヵ村も合わせ、北陸一帯に広がっていたことがわかります。

別のパネルでは、1865年(慶応2年)時点で全国に286あった藩のうち、100万石以上はただ1藩、加賀藩だけだったことがわかります。前田土佐守家がどれほど大きな藩を支えてきたのか実感できます。

歴史にあまり詳しくない方にとっても、こうして加賀藩についてを知りながら家伝の史料を見られます。展示室そのものが入門書のような役割も果たしています。
そして、この展示室には、前田利政が所用と伝わる鎧が展示されています。
展示室の象徴ともいえる一領が、前田利政が所用と伝わる「黒漆塗黒糸威二枚胴具足(くろうるしぬりくろいとおどしにまいどうぐそく)」です。

何より特徴的なのが、兜の頭に立つ、ウサギの耳を模した立物(装飾)。銀箔を押して仕上げられた、この変わり兜のシンボルです。
戦国の武将がこうした遊び心のある兜を選ぶ背景には、ウサギは前にしか進まない=退かない、という縁起担ぎがありました。武運のモチーフとして、ウサギ耳の兜は人気があったといわれます。

第一展示室の隣には、ガラス越しに日本庭園を眺められる鑑賞室があります。

加賀藩政期に造られた、池のある日本庭園。長町を流れる大野庄用水の水を引き込んで、石灯籠や植栽が配されています。

屋内から眺めるため、雨や雪の日でも快適に日本庭園の侘び寂びを楽しめます。掛け軸や古文書など展示室で家伝の品々を見たあとにここで一息ついて、武家屋敷の暮らしを疑似体験してみてください。
2階の第二展示室は、年に4回ほど展示替えが行われる企画展示の部屋。

約80点の規模で、テーマに沿って所蔵品が選び出されます。およそ9,000点の家伝資料の中には、織田信長の黒印状、豊臣秀吉の消息、前田利家の妻・まつ(芳春院)が孫の病を案ずる自筆の書状など、戦国から江戸初期にかけての一級史料も含まれます。教科書で名前を知る人物の肉筆が、企画ごとに入れ替わりで公開されます。
現在は、「加賀藩主 ―人物と足跡―」が開催されています。歴代14人の加賀藩主についての史料が、3期構成で入れ替わり展示されます。
| 期 | 開催期間 | 対象藩主 |
|---|---|---|
| Ⅰ期 | 2026年4月4日(土) 〜 6月28日(日) | 藩祖 〜 5代 / 6代 〜 9代 |
| Ⅱ期 | 2026年7月11日(土) 〜 9月27日(日) | 10代 〜 12代 |
| Ⅲ期 | 2026年10月10日(土) 〜 12月20日(日) | 13代・14代 |
加賀藩が「加賀百万石」となった背景には、関ヶ原の戦いがあります。そしてそこに、前田土佐守家の始まりがあります。
前田土佐守家の家祖である前田利政、後に加賀藩藩主となる前田利長は、兄弟です。前田家一門として、それぞれ領地与えられ治めていました。
| 人物 | 治める領地 | 石高 |
|---|---|---|
| 前田利長(兄) | 加賀・越中 | 83万石 |
| 前田利政(弟) | 能登 | 22万石 |
ここで1600年9月、関ヶ原の戦いが起きます。
兄・利長は東軍(徳川側)に味方し、北陸戦線で大聖寺城を攻略、西軍方の丹羽長重と交戦するなど功績を挙げました。一方で弟・利政は、徳川家康の出陣要請に応じませんでした。
関ヶ原の戦いでは東軍が勝利し、徳川側の要請に応じなかった弟・利政の領地は没収。利政は京都・嵯峨野へと隠棲(いんせい, 自ら退いて閑居すること)することになります。
その後の領地再編で兄・利長が弟の領地22万石も治めることになり、西軍方から没収した小松12万石、大聖寺6万石も加わり、「加賀百万石」と称される「加賀藩」が誕生しました。
その後、利政の子・直之が祖母まつ(芳春院)に養育され、加賀藩3代藩主・前田利常に召し抱えられて加賀藩士として再起します。これが前田土佐守家の始まりです。
弟・利政の家系は、「加賀百万石を作る過程で領地を本家に渡した側」とも言えます。
しかし結果として領地を失ったものの、その血筋は加賀藩士として復活し、加賀八家の筆頭まで上り詰めました。これが前田土佐守家です。
ここの歴史だけを切り取っても、様々なドラマがあったことが想像できますね。そんな前田土佐守家の家宝や文書が、この資料館に展示されているわけです。

関ヶ原から400年余り。家の運命を変えた選択も、再起を遂げた一族の歩みも、家伝として今もこの館に残されています。
館内に静かに展示されている書状、絵画からは、歴代の当主たちが家を継いできたその歴史を感じとることができると思います。
金沢を訪れたら、館の扉を開いて、前田土佐守家の物語に触れてみてください。
