- 道後温泉本館ガイド2026|神の湯・霊の湯どっちを選ぶ?違いや見どころを徹底解説
- 【2026年最新】道後温泉本館を完全ガイド。神の湯と霊の湯の違い、最新料金表、予約方法、混雑回避術まで徹底解説。重要文化財で極上の湯体験を。
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日本には数千もの温泉地があります。一口に温泉といっても、硫黄の香りが立ち込める白濁の湯もあれば、とろみのある無色透明の湯、海水のようにしょっぱい湯もある。泉質が違えば肌触りも効能も違い、一つとして同じ温泉はありません。
学者が旅の記録に残したり、天皇が愛したり、肌が白くなると評判が広まったり。日本では太古から、どの温泉が優れているかが人々の関心事でした。
この記事では、そうした評判や伝承、学者の記録のなかで、ある分野の代表格とされてきた温泉地を紹介します。
日本三名泉は、室町時代(1336〜1573年)と江戸時代(1603〜1868年)の二人の学者が「日本で最も優れた湯」として記録に残した三つの温泉です。
京都五山・相国寺の詩僧、万里集九(ばんりしゅうく)は、詩文集『梅花無尽蔵(ばいかむじんぞう)』(1506年完成)の中で
「日本六十余州には各州に霊湯があるが、その最たるものは草津、有馬、湯島(下呂)の三か所である」
と記しました。
約100年後、江戸時代初期の儒学者・林羅山(はやしらざん)も同じ三か所を挙げ、この評価が定着しています。
日本三名泉には、草津温泉・有馬温泉・下呂温泉が選ばれています。

草津温泉(群馬県吾妻郡草津町)は、日本一の湯量を誇る温泉地です。温泉街の中心にある湯畑が源泉の集積地となっており、街中へ幾筋もの湯樋(ゆどい)が伸びる独特の景観を持ちます。1日換算で2万トン以上の湯量は、国内最大級です。
江戸時代の温泉番付『諸国温泉功能鑑』では東の大関(当時の最高位)に格付けされ、「恋の病以外は何でも効く」と全国にその名が知れ渡りました。
高温の源泉を木板でかき混ぜて適温にする「湯もみ」は、草津独自の入浴文化。江戸の昔から現代まで、日本の温泉の頂点に立ち続けている名泉です。


有馬温泉(兵庫県神戸市北区)は、一つの温泉地に性質のまったく異なる二つの湯が湧く、全国でも珍しい温泉地です。
鉄分が酸化して赤茶色に染まった「金泉」と、無色透明の「銀泉」。湯船に手を入れた瞬間、金泉の鮮やかな色と塩気の強い肌触りに驚く人は少なくありません。
京都・大坂から近いことから、有馬は古くから公家・武家・庶民まで幅広い層に愛されてきました。豊臣秀吉は生涯に9回有馬に通い、湯山御殿を構えてねねや千利休との茶会を開いた記録も残ります。御殿の遺構は今も「太閤の湯殿館」で見ることができます。

下呂温泉(岐阜県下呂市)は、湯の肌触りの良さで知られる温泉地です。石鹸のようにとろりと滑らかで、癖のない優しい湯。「美人の湯」の別名は、この肌触りから生まれました。
三名泉を選んだ万里集九自身が、1489年と1491年の2度にわたって下呂に足を運び、入湯した記録を残しています。
開湯の由来は、傷ついた白鷺が河原の湯に浸かり傷を癒す姿を村人が見つけたという白鷺伝説です。
「にっぽんの温泉100選」では草津に次ぐ2位(2025年度時点)に選ばれており、名泉の評価は現代まで続いています。
日本三古湯は、『日本書紀』や『風土記』など古代の文献に登場する、日本で最も歴史の古い三つの温泉です。
天皇が何十日も滞在した記録や、神々が傷を癒したとされる神話が残り、いずれも千年をはるかに超える歴史を持ちます。
日本三古湯には、道後温泉・有馬温泉・南紀白浜温泉が挙げられています。

道後温泉(愛媛県松山市)は、約3,000年の歴史を持つとされる日本最古の温泉です。
『伊予国風土記』逸文には、出雲の大国主命(おおくにぬしのみこと)が少彦名命(すくなひこなのみこと)の急病を温泉で回復させた伝説が記されています。
596年には聖徳太子が病気療養のために滞在し、「まるで天寿国のようだ」と絶賛したと伝わります。その後も舒明天皇、斉明天皇、中大兄皇子など、多くの天皇・皇族が訪れました。
道後温泉本館は1894年(明治27年)に建てられ、公衆浴場として初めて国指定重要文化財に指定された歴史ある建物です。2024年に約5年半の保存修理工事を終え、全館営業を再開しました。
夏目漱石が1895年に松山中学に赴任した際に愛用し、小説『坊つちやん』で描いたことから「坊っちゃん湯」の愛称でも親しまれています。
有馬温泉は、歴史の古さでも日本屈指です。『日本書紀』には631年(舒明3年)、舒明天皇が86日間にわたって「摂津国有馬温湯宮」に滞在した記録があり、左大臣・右大臣を伴った大規模な行幸でした。


南紀白浜温泉(和歌山県白浜町)は、『日本書紀』に658年(斉明4年)、斉明天皇と中大兄皇子が入湯したとの記録があります。古名は「牟婁温湯(むろのゆ)」。『万葉集』にも詠まれた由緒ある温泉地です。
最古の湯とされる「崎の湯」は、太平洋の波しぶきが届くほどの海岸線に位置する露天風呂。砂岩に浸食された窪みが自然の湯船になっていた万葉の時代から、人々はここで湯に浸かってきました。
日本三御湯は、天皇が自ら湯治に訪れ、その効能を認めた三つの温泉です。
「御湯(みゆ)」とは天皇のお墨付きを意味する呼び名で、温泉に与えられた中で最も格式が高いとされます。
都から遠く離れた地の湯を、わざわざ都に運ばせてまで使ったという伝承が残るほど、天皇に信頼された湯です。
日本三御湯には、秋保温泉・別所温泉・野沢温泉が選ばれています。

秋保温泉(あきうおんせん・宮城県仙台市)は「名取御湯(なとりのみゆ)」と呼ばれました。欽明天皇(第29代、在位539〜571年)の皮膚病が、この温泉の湯を都に運ばせたことで治癒したとの伝承が残ります。仙台中心部から車で約30分。「仙台の奥座敷」として、東北を代表する温泉地の一つです。

別所温泉(長野県上田市)は「信濃御湯(しなののみゆ)」と呼ばれました。周辺には北向観音、安楽寺(国宝・八角三重塔)、常楽寺など鎌倉時代(1185〜1333年)の古刹が集まり、「信州の鎌倉」とも称されます。温泉と古刹巡りを一日で楽しめる温泉地です。

野沢温泉(長野県下高井郡野沢温泉村)は「犬養御湯(いぬかいのみゆ)」と呼ばれました。平安時代の歌集『拾遺和歌集』にも「犬養の御湯」として詠まれており、皇室に認められた名湯として古くから知られてきました。
江戸時代には飯山藩主松平氏が湯治の別荘を構え、庶民の湯治も許可された歴史を持ちます。
日本三大薬湯は、温泉法が定める基準値を大幅に超える薬効成分を含み、古くから「薬湯」と呼ばれてきた三つの温泉です。
成分の「濃さ」が桁違いで、医薬品に匹敵するほどの効能が認められてきました。
日本三大薬湯には、草津温泉・有馬温泉・松之山温泉が挙げられています。
草津温泉の強酸性の湯は、一円硬貨を1週間で溶かすほどの酸性度を持ちます。同時にその殺菌力は「恋の病以外は何でも効く」と評され、皮膚疾患に対する効能は医学的にも認められています。

有馬温泉は、環境省が定める9つの療養泉成分のうち7つを含む多成分混合泉。一つの温泉地でこれほど多様な薬効成分を持つ例は世界的にも珍しく、症状を選ばない泉質が薬湯と呼ばれる所以です。


松之山温泉(新潟県十日町市)に湧くのは、約1,200万年前の海水です。太古の海がそのまま地中に閉じ込められ、地圧によって押し上げられる「ジオプレッシャー型」と呼ばれる珍しい湧出メカニズムで地表に現れます。
ホウ酸の含有量は温泉法の基準値の約57倍。塩分濃度も高く、湯上がりの保温効果が長時間持続します。
越後の豪雪地帯に位置し、冬は3メートルを超える雪に覆われるこの温泉地を、人々は古くから薬湯として頼りにしてきました。
日本三大美人の湯は、肌を整える美容効果で古くから「美人の湯」と親しまれてきた三つの温泉です。
1920年(大正9年)の鉄道院『温泉案内』にも美容効果が記されており、その評判は大正時代にはすでに定着していました。
日本三大美人の湯には、龍神温泉・川中温泉・湯の川温泉が選ばれています。

龍神温泉(和歌山県田辺市)は、日高川の渓谷沿いに湧くナトリウム炭酸水素塩泉で、入浴後の肌のしっとり感から「美人の湯」と呼ばれてきました。江戸時代の紀州徳川家の藩主が湯治のために専用の御殿湯を構えるほど大切にした湯で、女性に愛された湯としても伝わります。

川中温泉(群馬県東吾妻町)は、カルシウム硫酸塩泉。源泉温度が約34度とぬるめで、長時間じっくり浸かることで肌を整える湯として古くから親しまれてきました。吾妻渓谷の山間に位置する静かな温泉地です。

湯の川温泉(島根県出雲市)は、出雲神話の八上姫(やかみひめ)がこの湯に浸かって美しさを取り戻したと伝わる温泉地です。神話の時代から美容の湯として親しまれ、出雲大社から車で約30分のところに位置しています。
日本三大美肌の湯は、泉質の美肌効果を科学的に評価して選ばれた三つの温泉です。
伝承や評判に基づく「美人の湯」とは異なり、pH値の高いアルカリ性泉質が持つ「天然のピーリング効果」に注目して選出されました。
古い角質を柔らかくし、肌をつるつるに整える作用が共通しています。日本三大美肌の湯には、嬉野温泉・喜連川温泉・斐乃上温泉が選ばれています。

嬉野温泉(うれしのおんせん・佐賀県嬉野市)は、湯に手を入れた瞬間にわかるとろみが特徴です。まるで化粧水に浸かっているような滑らかさで、三大美肌の湯の中でも最も広く知られています。嬉野茶の産地としても有名で、茶畑の風景と温泉街が隣接しています。

喜連川温泉(きつれがわおんせん・栃木県さくら市)は、1981年に掘削で発見された比較的新しい温泉地です。湯に漂う硫黄の香りと、入浴後の肌のすべすべ感が高い評価を得ています。

斐乃上温泉(ひのかみおんせん・島根県奥出雲町)は、入浴するとぬるぬるとした肌触りが際立つ、日本有数の強アルカリ泉です。出雲神話の舞台・奥出雲の山あいに位置する静かな温泉地で、知る人ぞ知る美肌の湯です。
日本三大秘湯は、人里を離れた山奥で昔ながらの姿を守り続ける三つの温泉です。
アクセスの困難さと泉質の希少性を兼ね備えた温泉地として、谷地温泉・祖谷温泉・ニセコ薬師温泉が挙げられてきました。

谷地温泉(やちおんせん・青森県十和田市)は、八甲田連峰の山中、最寄り駅から車で1時間以上かかる山奥に建つ一軒宿です。江戸時代から約400年、湯治客だけを相手に同じ姿で湯を守り続けてきた秘湯です。
浴槽の底から源泉がそのまま湧き出る「下の湯」と、硫黄分で白濁した「上の湯」の二つを行き来する素朴な入浴法が、開湯当時から変わらず受け継がれています。

祖谷温泉(いやおんせん・徳島県三好市)は、四国の秘境・祖谷渓谷に位置します。
谷底の露天風呂へはケーブルカーで約5分かけて下っていきます。170メートル下の渓谷に湧く源泉かけ流しの露天風呂は、周囲を断崖に囲まれた別世界です。
ニセコ薬師温泉(北海道)は、かつて秘湯の代表格に数えられましたが、2014年に閉館し建物も解体されました。現在は入浴できません。
日本三大胃腸病の湯は、飲泉による胃腸病治癒の長い実績を持つ三つの温泉です。
日本には温泉水を飲んで胃腸を整える「飲泉」の文化があり、湯治場として胃腸病に悩む人々を受け入れてきた歴史があります。
日本三大胃腸病の湯には、四万温泉・峩々温泉・湯平温泉が挙げられています。

四万温泉(しまおんせん・群馬県中之条町)は、「四万(よんまん)の病を治す」が名前の由来とされる温泉地です。温泉街には飲泉所が設けられ、温泉水を実際に飲むことができます。
信号もコンビニもない静かな渓谷沿いの温泉街で、四万川が見せる神秘的な青い水「四万ブルー」も見どころの一つ。強酸性の草津温泉で荒れた肌を四万の柔らかい湯で整える「草津の仕上げ湯」としても、古くから親しまれてきました。

峩々温泉(ががおんせん・宮城県蔵王町)は、蔵王連峰の山中に建つ一軒宿。明治時代(1868〜1912年)から胃腸病の湯治場として知られています。
名物は「かけ湯」と呼ばれる入浴法。竹筒で熱い湯をすくい、寝そべった姿勢のまま腹に100杯注ぐという独特の方法です。強い湯あたりを防ぐため、長逗留する湯治客が編み出した知恵が今に伝わります。

湯平温泉(ゆのひらおんせん・大分県由布市)は、鎌倉時代に開湯し、江戸時代に敷かれた石畳の坂道沿いに旅館と五つの共同浴場が並ぶ湯治場です。古くは弱食塩泉の湯を浴びるだけでなく飲むこともすすめられ、胃腸への効能で名を知られてきました。

名湯とは何でしょうか。泉質が優れていること。歴史が古いこと。薬効が高いこと。もちろん、そのどれもが名湯の条件です。けれどそれだけでは、温泉地は「名湯」にはなりません。
湯が湧き、人が浸かり、この湯は良いと誰かが語り伝えた。その声が広がり、やがて一つの温泉地に名前がついた。
室町時代の詩僧が記録に残し、天皇が何十日も滞在し、村人たちが何百年も外湯を守り継いできた。
名湯とは、湯の力と人の営みが重なり合って、長い時間をかけて編み上げられたものです。
今回ご紹介した温泉の中に、気になるものはありましたか?
全ての温泉地には、それぞれの歴史とストーリーがあり、そこでしか味わえない風景と湯があります。
歴史を重ねつつも、“今”しか出会えないその風景を求めて。
ぜひ温泉地へ足を運んでみてください。

参考文献: