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山梨県甲府市にある甲府城。見上げると首が痛くなるほどの石垣、天守台から望む富士山と甲府盆地の大パノラマ。駅から徒歩圏内とは思えないほどの迫力と絶景が待っています。
この記事では、甲府城の石垣や復元建造物、眺望、桜、夜景、そして歴史まで、見どころを余すことなく紹介していきます。

甲府城は、山梨県甲府市にある城跡です。現在は「舞鶴城公園」として整備されています。別名は「舞鶴城」。鶴が羽を広げたように見える白壁の城郭が、その名の由来です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 甲府城跡(舞鶴城公園) |
| 営業時間 | 公園は常時開放(24時間) 稲荷櫓・鉄門 9:00 〜 16:30 山手御門 9:00 〜 17:00 |
| 休館日 | 稲荷櫓・鉄門・山手御門: 月曜日(祝日は開館)/ 祝日の翌日 / 年末年始 |
| 入場料 | 無料 |
| アクセス | JR甲府駅南口から徒歩約5分(山手御門は北口から徒歩1分) |
| 所在地 | 山梨県甲府市丸の内1-5-4 |
甲府城最大の見どころは、城全体を囲む迫力の石垣です。約400年前に築かれた石垣が、当時の姿のまま残されています。

最も高い石垣は14mを超え、これはビル5階建てに相当する高さ。見上げると、不揃いな巨石が空に向かってそびえ立つ様子に圧倒されます。

この石垣は「野面積み(のづらづみ)」と呼ばれる技法で築かれています。自然石をほとんど加工せずにそのまま積み上げる方法で、石と石の隙間には小さな石が詰められています。整然と積まれた石垣とは異なり、不揃いな巨石が豪快に重なり合う姿が特徴です。

また、石垣をよく見ると、表面に並ぶ四角い穴が見られる箇所があります。

これは「矢穴(やあな)」と呼ばれるもの。巨石を割るために開けられた穴で、ここに楔を打ち込んで石を割りました。
石垣に刻まれた、約400年前の石工たちの仕事。迫力の石垣の光景が広がる一方で、こういった職人の繊細な仕事も垣間見ることができます。

甲府城では、失われた建造物がいくつも復元されています。当時の技法で再現された門や櫓は、城の歴史を今に伝える貴重な存在です。

鉄門(くろがねもん)は、本丸と天守曲輪の境にある2階建ての櫓門です。2013年(平成25年)に復元されました。
名前の由来は、門の扉を覆う鉄板。厚さ約1cmの鉄板で覆われており、火縄銃の攻撃にも耐えられる造りになっています。城の防御機能を象徴する門です。


稲荷曲輪の東側に建つ稲荷櫓(いなりやぐら)は、2階建ての櫓です。内部は展示施設として公開されており、発掘調査で出土した金箔鯱瓦や鯱瓦、甲府城のジオラマ模型などを見学できます。入館無料です。

鍛冶曲輪門(かじくるわもん)は本丸の南西側に位置する門で、1997年(平成9年)に復元されました。薬医門という形式で、切妻屋根と潜り戸が特徴です。

稲荷曲輪門(いなりくるわもん)は1999年(平成11年)に復元。二つの曲輪を繋ぐ門として、往時の姿を伝えています。

山手御門は、甲府城の北側にあった3つの出入口のひとつです。2007年(平成19年)に復元されました。

JR中央本線の線路によって舞鶴城公園と分断されていますが、甲府駅北口から徒歩5分、甲州夢小路の隣に「甲府市歴史公園」として整備されています。高麗門(山手門)と櫓門(山手渡櫓門)の2つの門で構成され、櫓門の内部では甲府城の歴史に関する展示を見学できます。

甲府城の天守は現存していませんが、天守台に上ることができます。ここからの眺望が、甲府城最大の魅力のひとつです。

天守台からは、甲府盆地を360度見渡すことができます。西側には雪を被った南アルプスの山並み、北側には甲府駅周辺の市街地が広がります。

そして南側に目を向けると、甲府盆地の街並みの向こうに富士山がそびえます。空気の澄んだ日には、雪を被った富士山の姿がくっきりと浮かび上がります。この眺望は「関東の富士見百景」にも認定されています。


甲府城を訪れたら、ぜひ天守台に上って、このパノラマを体感してください。
甲府城は桜の名所としても知られています。城内には約160本の桜が植えられており、春になると石垣を彩るように咲き誇ります。


見頃は例年3月中旬から4月上旬。野面積みの石垣と白壁、そして淡いピンクの桜が織りなす景色は、この季節だけの特別な光景です。


甲府城の南側、鍛冶曲輪には日本庭園が整備されています。1993年(平成5年)に造成された枯山水様式の庭園で、白砂の枯流れを中心に、手入れの行き届いた緑が広がります。

枯流れの上流には小さな枯滝石組が配され、かつての内堀や近隣の河川を想起させる意匠となっています。石垣と白壁に囲まれた空間に、白砂と緑のコントラストが映える静かな庭園です。

なお、鍛冶曲輪門や遊亀橋から入城すると、この日本庭園を通って本丸へ向かうことができます。

舞鶴城公園は24時間開放されており、夜間も天守台に上ることができます。日中とは異なる、夜の甲府城を楽しめるスポットです。

眼下には、ライトアップされた白壁の稲荷櫓。その向こうには、ビルの窓明かりや街灯が織りなす甲府の夜景が広がります。歴史ある城郭と現代の街並みが重なり合う、夜ならではの光景です。




甲府城は、1582年(天正10年)の武田氏滅亡後に築かれた城です。
1590年代、天下統一を果たした豊臣秀吉の命により築城が始まりました。目的は、関東に領地を持つ徳川家康を牽制すること。甲斐は東海道と中山道を繋ぐ要衝であり、戦略上重要な拠点でした。
築城を担当したのは、秀吉の家臣である浅野長政・幸長父子。1600年頃に城が完成したとされています。
1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦い以降、甲府城は徳川家の城となります。江戸幕府にとっても甲府は重要な拠点であり、将軍家に近い人物が城主を務めました。1705年(宝永2年)には、五代将軍徳川綱吉の側用人・柳沢吉保が城主となっています。
明治時代に入ると城内の建造物は取り壊されましたが、石垣は破壊を免れ、現在まで残されています。2019年(平成31年)には国の史跡に指定されました。
| 武田氏滅亡。甲斐は豊臣秀吉の支配下に | |
| 豊臣秀吉の命により築城開始。浅野長政・幸長父子が担当 | |
| 甲府城完成 | |
| 関ヶ原の戦い後、徳川家の城となる | |
| 柳沢吉保が城主に就任 | |
| 城内の建造物が取り壊される。石垣は残存 | |
| 国の史跡に指定 |
甲府城から徒歩5分のところに、山梨県庁があります。2010年(平成22年)、山梨県庁の隣で行っていた新施設の建設工事中に、甲府城の内堀石垣が出土しました。
現在は、その新施設である山梨県庁舎防災新館の地下1階に出土した内堀石垣を移築復元し、「甲府城石垣展示室」として無料で公開しています。

甲府城石垣展示室について詳しく見る
初めて訪れると迷いがちな入口選び。甲府城の入口は5つ。それぞれ特徴があるため、目的や歩きやすさに合わせて選びましょう。

甲府城の見どころを余すことなく楽しむなら、鍛冶曲輪門からのルートがおすすめです。

鍛冶曲輪門を通り、日本庭園、鉄門を通って本丸跡まで行けるため、甲府城の見どころを最も楽しめるルートです。
所要時間は約40分。詳しくは、以下の記事で紹介しています。

迫力の石垣。天守台から望む富士山と甲府盆地のパノラマ。築城当時の石工の仕事が今も残る、歴史の重み。甲府城には、沢山の見どころが詰まっています。
春には約160本の桜が石垣を彩り、夜には市街地の灯りと城郭のライトアップが織りなす夜景を楽しめます。昼と夜、それぞれに異なる表情を見せてくれる城跡です。
約400年の時を経た石垣が、今も甲府の街を見守っています。
400年前の石工たちが積み上げた巨石を、ぜひあなたの目で確かめてください。
