- 博多鉄道神社|地上60m!博多駅直上に鎮座する天空の社
- 博多駅の上、地上60mに鎮座する鉄道神社。参道の三つの鳥居、縁結び七福童子、九州鉄道の歴史を伝えるモニュメントなど見どころを紹介します。
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日本には約8万社の神社があると言われています。その名前には、地名や祭神の名を冠するのが一般的です。
京都の「伏見稲荷大社」は地名の伏見と祭神の稲荷神から、「八坂神社」は八坂という地名から、「住吉大社」は住吉の神を祀ることから名付けられました。八幡、稲荷、天満宮など、神様の系統を示す名前も数多く存在します。
そんな中、「鉄道神社」という名前は異彩を放っています。地名でもなく、神様の名前でもない。「鉄道」という近代の乗り物を名に冠する神社は、日本の神社の中でも極めて珍しい存在です。
なぜ「鉄道」を名に持つ神社が生まれたのか。そこには、近代日本の発展を支えた鉄道と、それに関わる人々の想いが込められています。この記事では、鉄道神社の由来や歴史、そして日本各地に点在する鉄道神社について解説します。
「鉄道神社(てつどうじんじゃ)」とは、鉄道に関連して建立された神社の総称です。明確な定義はありませんが、主に以下のような特徴を持つ神社を指します。
日本最古の鉄道神社は、1936年(昭和11年)建立のJR東日本鉄道神社(当時は国鉄鉄道神社)とされています。東京駅前の鉄道省ビル屋上に、職員の浄財によって建てられました。

鉄道神社が各地で建立された背景には、いくつかの理由があります。
最も歴史が古いのは、鉄道事故や工事で命を落とした殉職者を慰霊する目的で建立された神社です。
明治から昭和にかけて、鉄道建設は常に危険と隣り合わせでした。トンネル工事での落盤事故、鉄道運行中の事故など、多くの命が失われています。JR東日本鉄道神社には、昭和17年9月時点で9,981柱もの殉職者が合祀されています。近鉄の日本鉄道神社に隣接する「日本鉄道霊社」では、生駒トンネル工事の犠牲者53名以上が祀られています。
旅人の安全を祈願するという目的で建立された鉄道神社もあります。
博多や大分の駅ビル屋上に建立された鉄道神社がこれにあたります。地元の由緒ある神社から分霊を受け、乗客の道中安全を祈願する場として親しまれています。
近年では、引退した鉄道車両を保存・活用する目的で建立された鉄道神社も登場しています。
「どんなに名車でも、引退車両に多大な経費をかけることは困難」という鉄道会社の現実がある中、神社として保存することで継続的な維持管理費用を確保する。観光資源としても活用できる、新しい形の産業遺産保存です。
鉄道の発展に伴い、駅や地域のシンボルを神社として継承する例もあります。
駅前のシンボルツリーが工事で伐採されることになった際、その木材を使って神社を建立するケースがその代表例です。地域の記憶を神社という形で後世に伝えています。

日本各地には、様々な鉄道神社が存在します。地域別に主な神社を紹介します。
関東地方には、日本最古の鉄道神社や世界初の車両ご神体を持つ神社など、歴史的にも特徴的にも注目すべき鉄道神社が集まっています。

1936年(昭和11年)建立。日本最古の鉄道神社です。
東京駅前の鉄道省ビル(後の旧国鉄本社ビル、現在の丸の内オアゾの場所)屋上に、職員の浄財によって建てられました。その後、戦後GHQによって一時撤去されましたが再建。国鉄民営化後、ビルの解体に伴い東京都北区東田端(田端駅徒歩約4分)のJR東日本東京支社構内へ移転しました。
鉄道殉職者を祭神として祀り、毎年4月15日に直近1年間の殉職者を合祀する祭事が執り行われています。私有神社のため一般公開はされていませんが、近くの歩道橋から鳥居と社殿を少しだけ望むことができます。

2021年6月創建。**世界初の「鉄道車両をご神体とする神社」**です。
ひたちなか海浜鉄道の阿字ヶ浦駅構内に鎮座。**那珂湊駅を「拝殿」、阿字ヶ浦駅を「本殿」**とし、その間の線路が参道となる独自の構成を持ちます。同年7月にはレール製の「壱ノ鳥居」も建立されました。
ご神体は、昭和37年製造の気動車「キハ222」。全国1位の長寿車両でありながら無事故という記録から、長寿・安全・縁結び・勝負運のご利益があるとされています。神札1,000円、お守り700円、御朱印400円で授与を受けられます。
長野県を中心に、高原や山岳リゾートへの玄関口となる駅に鉄道神社が点在しています。

清里と野辺山の間、**標高1,375メートルの「JRグループ鉄道最高地点」**近くに鎮座しています。旅人の安全と地域繁栄を願って建立された比較的新しい神社です。
ご神体は、小海線で活躍していた蒸気機関車の車輪。左右一対の車輪が寄り添うように置かれていることから、夫婦円満や縁結びを願う参拝者が訪れます。さらに「1375」という数字が「ひとみなごうかく」と読めることから、合格祈願のスポットとしても知られています。八ヶ岳を望む高原で、爽やかな空気とともに参拝できるのも魅力です。

2022年2月17日設置。アルピコ交通新島々駅構内に鎮座する新しい神社です。
設置を記念して、絵馬型にデザインされた「新島々駅大人用普通入場券」も発売されています。上高地や乗鞍高原への玄関口となる駅で、旅の安全を祈願できます。
近畿地方には、JR西日本や近鉄など、複数の鉄道会社が建立した神社が存在します。

1939年(昭和14年)創建。JR西日本本社ビル(地上13階・地下2階)の屋上に鎮座しています。
当初は旧大阪鉄道管理局(大鉄局)庁舎の屋上に設けられていました。1992年3月25日、JR西日本本社ビルの完成に伴い、屋上への引越し式が執り行われました。JR東日本鉄道神社と同様、一般公開はされていません。

1927年創建。現在は大和文華館内に鎮座しています。
当初は「大軌神社」として上本町駅の大軌ビルディング屋上に創建。生国魂神社、伊勢神宮、熱田神宮、大山祇神社、東高津神社から祭神を勧請しました。1941年に「関急神社」、1944年に現在の「日本鉄道神社」と改称。1932年にあやめ池遊園地へ遷座し、遊園地閉園後の2004年10月に現在地へ移設されました。
隣接する「日本鉄道霊社」には、1913年の生駒トンネル落盤事故の犠牲者を含む、工事殉職者53名以上と創業以来の物故者が祀られています。
九州新幹線の開業とともに誕生した博多の鉄道神社をはじめ、駅ビル屋上に建立された神社が特徴的です。

2011年創建。JR博多シティ屋上の「つばめの杜ひろば」内に鎮座しています。
博多区内の住吉神社から分霊を受け、旅の安全を祈願できる神社として多くの参拝者を集めています。参道には「星門」「福門」「夢門」の3つの鳥居が並び、その先に本殿が鎮座。この「鉄道神社表参道」は、鉄道の発展を願う参道として博多の新名所となっています。
駅ビル屋上という立地から、新幹線や在来線を利用する旅行者が気軽に参拝できるのも魅力です。
博多鉄道神社について詳しく見る

1965年創建。JRおおいたシティ屋上に鎮座しています。
豊後国一宮である柞原八幡宮(ゆすはらはちまんぐう)から分霊を受け、旅の安全と出世開運を祈願する神社として建立されました。祭神は仲哀天皇・応神天皇・神功皇后。駅員の安全と利用者の旅の安全を見守り続けています。
東北地方では、第三セクター鉄道が建立した鉄道神社が見られます。

2012年7月16日創建。会津鉄道開業25周年を記念して、芦ノ牧温泉駅前に建立されました。
会津線沿線の稲荷神社、住吉神社、田出宇賀神社の3社から御神体を祀り、鉄道の運行安全と社の繁栄、社員・家族・関係者の無病息災、そして乗客の道中安全を祈願しています。
御朱印やオリジナル御朱印帳も授与されています。また、この駅は猫駅長で有名。初代「ばす」、2代目「らぶ」の意志を継ぎ、現在は3代目「さくら」がお客様のお見送りを担当しています。境内には肉球モチーフの絵馬や招き猫が並び、鉄道と猫、両方のファンが集う独特の空間となっています。

鉄道神社の存在は、日本における鉄道と神社の深い関係を象徴しています。
明治維新後、日本では殖産興業・富国強兵の支えとして鉄道建設が急速に進みました。そして明治中期以降、有名な神社仏閣への参詣を目的とした鉄道が次々と敷設されるようになります。
1872年(明治5年)、新橋〜横浜間に日本初の鉄道が開業すると、途中の川崎停車場から川崎大師への参詣が可能になりました。これが、鉄道と参詣を結びつけた最初の例とされています。
その後、成田山新勝寺への京成電鉄、伊勢神宮への近畿日本鉄道など、多くの私鉄が参詣客の輸送を主要な事業として発展していきました。
現在では当たり前の風習となっている「初詣」も、実は鉄道会社の宣伝によって広まったとされています。
明治以前、元日に神社を参拝する習慣は一般的ではありませんでした。しかし、鉄道の発展に伴い、鉄道会社が正月の乗客増加を狙って「初詣」を宣伝。やがて全国的な習慣として定着していきました。
川崎大師への参詣から始まったこの流れは、日本の正月文化を大きく変えることになりました。

神社の名に「鉄道」を冠するという、日本の伝統からは異例とも言える存在。しかし、そこには近代日本の発展を支えた鉄道の歴史と、それに関わる人々の想いが込められています。
殉職者への慰霊、旅の安全への祈り、産業遺産の継承。鉄道神社は、近代化の中で生まれた新しい信仰の形であり、日本人と鉄道の深い結びつきを今に伝える存在です。

日本各地を旅する際には、その土地の鉄道神社を訪ねてみてはいかがでしょうか。そこには、その地域の鉄道の歴史と、それを支えてきた人々の物語が息づいています。
